35°08′6″N  139°40′7″E
単閃白光 毎4秒に1閃光

地上〜頂部:10m、水面〜灯火11m

ヨットハーバーなんて私の人生と全く無縁の施設で、生涯、縁がない施設だけど、そこにあるデザイン灯台は、また別物だ。
本当は、デザイン灯台そのものが好きじゃないけど、湘南港灯台は周囲の風景に合っているのかな、と思う。
とってつけたデザイン灯台よりはいい。

江ノ島 (えのしま) 灯台

35°12' 30"N,  139°44' 18"E   白地に黒横帯一本塗 塔形
単閃白光、毎3秒に1閃光   6,000 (13M)
光達距離 12海里   地上〜頂部:14.3m、水面〜灯火:16m

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フツーの
灯台の格好をしていないと
初点プレートを
撮り忘れてしまうんです

初点プレートの写真は

ありません

私は好まないが、
葉山灯台を 裕次郎灯台 と呼ぶ人も。
「ひばりの灯台」 もあるから、
ま、いいか。

犬坊埼灯台〜野島埼灯台〜洲埼灯台〜観音崎灯台〜剱埼灯台〜城ケ島灯台、そして神子元島灯台で、
東京湾に出入りする船舶は、北東から来ても南西から来ても、自船の位置を確認できる。
江戸条約で、諸外国が灯台の設置を求めたのもむべなるかな、だ。
犬坊埼灯台と神子元島灯台を除いては、全て関東大震災で倒壊している。

明治3年に初点灯の歴史を持つ城ケ島灯台も例外たりえず、関東大震災で倒壊している。
大震災さえなければ、ヴェルニーは 「灯台の父」 として、ブラントンと人気を二分したであろうに、口惜しがっているだろう。
明治の灯台は関門海峡とその周辺で数基見ることができるけど、大正の灯台も私は好きだ。
短期間に外国人技師の知恵を会得して、その上に日本的なものを作り上げている。 
今回の灯台めぐりは大正期の灯台オンパレードだ。 野島埼灯台から城ケ島灯台まで尋ねて、満足した。

城ケ島灯台で日が暮れて、今夜も旅館に泊まることにした。
城ケ島の民宿では、一人旅ということですべて宿泊を断られた。 飛び石連休の谷間だったこともあるが。
三崎で宿をとって海に面した部屋の窓から、城ケ島灯台の遠い点滅を飽かずに眺めた。

剱埼の名称は、
江戸時代に幕府の船が難破し、
岬の突端から神主が剣を海に投じて、
龍神の怒りを鎮めた故事から来ている。

剱埼灯台をこよなく愛している方を知っている。 
面識はない。
私が 「三半島物語」 の灯台めぐりに出かけよう、と決めた時、
その方に連絡することを考えた。
しかし、私の灯台めぐりは、予定があっても予定が立たない、
行き当たりばったりの爆走の旅だ。
日時を決めてその灯台に到着するなど、とても無理だから諦めた。


35°08' 17"N,  139°40' 50"E   白色八角形 コンクリート造
第2等、複合群閃白緑互光、毎30秒間に白2閃光,緑1閃光
光達距離 18海里(約33km)   地上〜頂部:16.9m、水面〜灯火:41.1m
初点灯 明治4年1月11日(石造)   大正14年7月 改築

(上 ; 三代目 下 ; 二代目の初点プレート、塔内に掲げられている)

この小さな、島と呼べない岩礁上の、かつて灯標だった海瀬島灯台の名を、本州の西端に住む私でも知っていた。
やはり、首都圏にある事物は、その名が波及するのは全国規模、なのだ。
この灯台が関門海峡にあっても、誰も認知してはくれないだろう。 関門の関守のヒガミ、か (笑)
おりしも、米国海軍の軍艦が通り過ぎて行った。 ヨコスカ が近いのだ。

観音埼 (かんのんさき) 灯台


私鉄の江ノ電が経営する展望塔の最上層に置かれたた灯台。 民間灯台としては日本最大ということは記憶にとどめよう。
展望台としては申し分ない。 この日は富士山が最高だった。

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灯台近くの展望台から朝日を受けた富士

明治2年に初点灯された、日本で最初の洋式灯台だったが、
大正11年の地震で大亀裂が入り、建て替えられた二代目は大正12年3月15日に点灯している。
しかし、5ヶ月後の9月1日の関東大震災で再度崩壊し、大正14年6月1日に三代目が点灯している。
なんと、何度も倒れた灯台だが、その都度、即座に改築されている。
富津岬との間が東京湾の最狭部だから、国家の威信にかけて再建したのだろう。 恵まれた灯台だ。
初点プレートには、初代からの歴史が刻まれている。 

海瀬島 (あしかしま) 灯台

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35°17' 45"N,  139°28' 54"E   白色三角形 やぐら形
90cm 単閃白光 毎10秒に1閃光   800,000カンデラ
光達距離  25海里(約46km)   地上〜頂部:46m、水面〜灯火:103m
初点灯 昭和26年3月25日
35°17' 45"N,  139°29' 27"E   白色 塔形
等明暗緑光 明2秒暗2秒   800カンデラ (9M)
光達距離 12海里   地上〜灯火:18.2m、水面〜灯火:19m
初点灯

湘南港 (しょうなんこう) 灯台

それよりも、富士山の見事さに見とれた。
♪ 真白き富士の嶺 緑の江ノ島

35°16' 06"N,  139°34' 00"E   白色塔形
単閃白光 毎3秒に1閃光   150カンデラ (6M)
光達距離 8海里   地上〜灯火:10.5m、水面〜灯火:11m
初点灯

葉山 (はやま) 灯台

安房埼神楽高根照射灯
安房埼灯台に併設されている

35°07' 33"N,  139°37' 58"E   白色塔形 コンクリート造
単閃白光、毎4秒に1閃光   2000カンデラ (11M)
光達距離 12海里   地上〜頂部:11.5m、水面〜灯火:13m
初点灯

安房埼 (あわさき) 灯台

35°08' 06"N,  139°36' 40"E   白色円形 コンクリート造
第4等 閃白光 毎15秒に1閃光   310,000カンデラ
光達距離 16海里(約30km)   地上〜頂部:11.5m、水面〜灯火:30.1m
初点灯 明治3年8月13日  大正15年8月1日改築

俄か雨で、灯台入口の庇で雨宿りしたのも、
この灯台が初めてだ。
最初から傘をさして訪ねた灯台は多いが。

にわか雨がやんで、虹が出た。 北の方角だ。
灯台から見下ろすと間口港灯台が見える。 岩場で人が動いている。 
石畳の道ですれ違った人だ。
灯台の写真を撮るときは、極力、人影が入るのを嫌がる私が
シャッターを押したのも不思議だ。

城ケ島 (じょうがしま) 灯台

剱埼灯台はビッグネームの灯台だから、
灯台を訪れている何人かの方とお会いしてもよさそうなものだが、
現実には、観覧灯台以外では滅多に人と会うことはない。 
剱埼灯台では、灯台に至る石畳の道で人とすれ違った。
下関に帰ってから、いろんな話を総合してみると、
どうやらその方が 「剱埼灯台をこよなく愛している方」 だったらしい。
とすれば、奇跡に近い話だ。

間口港 (まくちこう) 灯台

房総半島の洲埼灯台と対をなして
東京湾口の西端を示す。
洲埼灯台は単閃白赤互光と複雑だが、
剱埼灯台はもっと複雑だ。
複合群閃白緑互光!

明治4年に、
江戸条約に基づいて設置された灯台だ。
この年、東で剱埼灯台が初点灯し、
西で六連島灯台が初点灯している。
この灯台も震災で倒壊し、二代目だ。

観音埼灯台は観覧灯台だから燈光会の受付がある。
「下関から来た」 と言ったら、缶入りのお茶で労ってくれた。
口調はきついけれど、優しい方だった。

剱埼 (つるぎさき) 灯台

35°15' 10"N,  139°44' 55"E   白色 八角形 コンクリート造
第4等、群閃白光、13秒をへだて2秒間に2閃光   140,000カンデラ
光達距離 20海里 (約37km)   地上〜頂部:15m、水面〜灯火:56m
初点灯 明治2年1月1日

灯台名の をクリックして下さい

第2海堡灯台 (観音埼灯台から)

浜金谷からフェリーで久里浜に渡った
東京湾をショートカットできて、
こんなに便利なものはない。
フェリー会社頑張れ!

浜金谷港防波堤灯台

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