TOP PAGE
JOURNEY  表紙
 風の大地・パタゴニア  表紙 GO
 パタゴニア 旅日記 前篇 GO
 パタゴニア 旅日記 中編 GO
 パタゴニア 旅日記 後篇 GO
 風の大地・パタゴニア 讃歌 GO
 南緯33度 「風の大地」 のワイン   GO
レシピ
肉は脂身を落とす。 1kg 程度に分けて、塩・胡椒をすり込み半日寝かせる。
300度のオーブンに17分放り込む。 食べる量を聞いて切り分ける。 ただこれだけで、絶賛の嵐です。
おいしいものを食べつくしてこられたワイン界の大御所をして 「こんな美味い肉ははじめて!」
葡萄舎の名物料理の誕生です。 地球の裏側まで出かけた甲斐がありました。
パタゴニアを旅行するときは、ツアーであれ、個人旅行であれ、交通手段は自動車です。
(まれに、自転車旅行をしている人を見かけましたが)
私は3台のバス、3人の運転手、3人の現地ガイド (アルゼンチン→チリ→アルゼンチン)のお世話になりましたが、
彼(彼女)らは、実に頻繁にバスを止めてくれます。
単調なパタゴニアの荒野を走るのは、彼らにとっても退屈なのかもしれませんが(笑)
帰国してから、2回のワイン会で、アサードの真似事をしてみました。
各回7名ですから、肉は 2kg 買いました。黒毛和牛で、部位はモモ肉。 100g 400円。
私がアサードの真似事をする、といったら、肉屋の奥さんがモモ肉を薦めてくれました。
2回とも絶大な賛辞をいただきました。
パタゴニアの動物
「グアナコがいる!」 「ニャンドウがいる!」
「コンドルが飛んでいる!」
「カラファテの木だ、南極ブナだ」 etc. etc. ‥‥ etc 
時折、牧場にいるガウチョ(カウボーイ) までが鑑賞の対象になりました。
ガウチョも人恋しいのでしょう。 バスに手を振ったりしてくれました。.
ブエノスアイレス セニョール・タンゴ でのアサード
旅を続けるあいだ中、食事は欠かせませんが、数種の料理からチョイスできるときはいつも肉を選んでいました。
食べても飽きない、ということは 「アルゼンチンの肉は美味くない
は間違いだったということになります。
「これが噂の肉か!」 ‥‥食べれば、「美味いじゃないか!」
書物によると、
アサードとは、肉の炭火焼を総称した名前で、 アルゼンチンの人は 「肉を食べる」とは言わず
「どこ(部位)を食べる」 と言うそうです。
ガウチョと呼ばれるカウボーイの食事から発達したものでしょうから、味付けは塩・胡椒のみ。
あっさりしていて、これなら 250 や 300g は食べれる、と思いました。
グアナゴ
春未だ浅い日本を発って、大雪のNYを経由し、快晴のブエノスアイレスに1泊し、
南部パタゴニアのカラファテに降り立ちました。
飛行機の横の扉が開かなくて、機体後方の非常用みたいなタラップから地上に降りました。
地球の裏側から来た旅人 (気取れば異邦人) を出迎えたのは
秒速 25m はあろうかと思える突風。 正確には突風ではありません。 常時吹き付けているのですから。
世に言う、「風の大地・パタゴニア」 を実感した瞬間です。
怖いもの見たさで、パタゴニアの風を期待していたのですから、この強烈な洗礼は嬉しい風でした。
好天に恵まれて、これ以上何を贅沢言うか! と叱られそうですが、
パタゴニアの厳しい自然を垣間見たかったナ、と。
ツアーでは無理ですね。 かといって、個人旅行をする勇気もないし。
パタゴニアの手前、イグアスの滝までは行っても、もう、パタゴニアは無理でしょう。
でも、いい旅をさせていただきました。一生の思い出になります。

旅の達人・さや さんと知り合えたのは嬉しいことでした。
最後の最後に、家人の理解と協力に感謝します。
雨合羽は折りたたむとティッシュの箱くらいになる簡単なものを持参しました。
好天に恵まれた私は、1日だけ使用しました。 使用時間1時間。
パタゴニアの夏 (観光シ−ズン、12〜3月) は西日本の暖かい春先、と思っていいのでは‥‥。
あまり参考にならずにスミマセン。
旅を終えて
ヨーロッパ人、特に北欧人が、寒かろうと何であろうと、太陽が出ていれば肌をあらわにするのを
東洋人は真似ができません。
少し厚手の長袖の下着、その上に長袖のラガーシャツ、ポリエステルのジャンパー
これが基本的な私のいでたちでした。
朝、空を見上げて、ラガーシャツを薄手のセーターに替えた日もあります。
あ、それから、私は真冬でも、パンツの上はジーンズだけです。
パタゴニアでの服装 (3月)
私がパタゴニア行きを決めたとき、一番の関心事は、パタゴニアでの服装でした。
ネットで検索していて、最初に、旅の達人・さや さんのサイト にめぐり合ったのもこのときです。
さや さんの服装はかなり薄着だな、という印象を持ちましたが、
リアルタイムでパタゴニアの街の天候や気温を追跡していますと、
私が出かける3月は、ちょうど西日本の3月と同じ、という感触を得ていました。
出発前からお邪魔していたHPをご紹介します。    パタゴニアの動植物    
きれいな写真でご覧いただけます。
私のツアーは、南部パタゴニアを北から南へと下っていく旅でしたが
南に下るにつれて、動物たちが人を見ても逃げなくなりました。
とはいえ、相当遠くにいるわけで、特にコンドルははるか上空です。
そんなわけで、私は撮影をあきらめました。
誰からともなく、
アルゼンチンの人は肉をよく食べる。 しかも、草履ほどもある肉を。 しかも、その肉はあまり美味くない。
などと聞かされていました。
みんながみんな、そう言うものですから、そうなんだろうな、と思っていました。
そのアルゼンチンに行くのですから、覚悟はしていました。
ブエノスアイレスに着いたその夜、ボリュームたっぷりの肉塊が運ばれてきました。
アサード (含む ・ 後日談)
H
F
G
D
E
年末のTV特番で、
ペリト・モレノ氷河が取り上げられたのには助かりました。
年が明けたら、反応が違います。
「あの、氷河が崩れるのを見に行くの!?」
それまで、私を奇人変人を見る目だったのが
羨望に替わっているから、TVの力はすごい。
次からが厄介です。
「何しに行くの?」 「なぜ行くの?」 「なにがあるの?」
答えるのが億劫なときは
「何もないから行くの!」
「風が強いところらしいから、ぼけ〜っと、風に吹かれに行くの!」
究極は 「逆立ちをしなくてもいいように、行くの!」
「新大陸のワインで、チリやアルゼンチンを飲んだでしょう?」
「ワイン生産の中心はチリなら首都・サンチャゴの周辺」
「アルゼンチンなら、アンデス山脈をはさんだメンドサ」
「それらはほぼ南緯33度。下関は北緯34度だけど」
ここまで話すと、日本の裏側に当たると理解してくれます。
「そこから南、南緯40度あたりまでがパンパで、草原地帯なの」
「パンパが終わるところからパタゴニアが始まるの」
「南の端は南緯55度のフェゴ島で、極東なら樺太あたりかな」
樺太を引っ張り出してくると、寒いところだと認識してくれます。
「そこから先は海で、1000km 行けば南極なの」
乱暴な言い方ですが、ほかに説明のしようがありません。
@ El Carafate カラファテ

A Parque Nacional Los Glaciares
  ロス・グラシアレス国立公園

B Puerto Natales プエルト・ナタレス

C Parque Nacional Torres del Paine
  パイネ国立公園

D Punta Arenasu プンタ・アレーナス

E Estrecho de Magallanes
  マガリャネス(マゼラン)海峡の東端

F Ushuaia ウスアイア

G Parque Nacional Tierra del Fuego
  ティエラ・デル・フェゴ国立公園

H Canal Beagle ビーグル水道
ブエノスアイレスから
ブエノスアイレスへ
A
C
B
PATAGONIA SUR 南部パタゴニア
南緯55度
ARGENTINA
CHILE
南緯50度
@
(旅行の催行は決まっていませんでしたが)
「パタゴニアへ行く!」 と決めて、人に語ったとき
10人中9人は 「パタゴニアって、どこ?」
パタゴニアを国名だと思っている人も相当数でした。
幸いに
私の周囲にはワイン好きが多くて、説明は比較的に楽でした。
いまさら言うのもおかしいけれど、 パタゴニア って、どこ?
心がけのよい私は、全ての場所で、期待通りの天候に恵まれました。
これをご覧になった方が、パタゴニアに行ってみよう、と思い立たれても責任を持ってお勧めできません。
私が知っているパタゴニアのお天気は 「奇跡の連続」 でしたから‥‥。ゴメンナサイ。
好天の下に横たわっているのも、荒天の下に横たわっているのも、紛れもないパタゴニアです。
その日、そのときのお天気は時の運。 苛酷な自然環境の大地を訪れてください。
このページは、パタゴニアへの熱い想いを書き連ねてます。
私の、パタゴニア旅日記の総集編でもあります。
これからパタゴニアを訪れる方が、いいお天気に恵まれるように、と願いながらのページです。
パタゴニア万歳! 訪れる方にお天気の恵みを!
彼の辛苦をしのぶには、海峡は曇天か、荒れたらいいと思っていました。 船酔い覚悟で。
思いが通じたのか、この日の前後だけは天気が崩れました。 身勝手な旅人を満足させる風雪でした。
翻って、山岳地帯。 これは快晴に限ります。
山すその貧弱な緑。 それに続いて山腹の地層をあらわにした黒ずんだ岩肌。スカイラインは、残雪か新雪。
スカイラインが白いから、空は快晴でなければ困ります。 湖面をエメラルドブルーにするためにも。
そして、何よりも、ペリト・モレノ氷河の氷を碧く輝かせるためにも。
もしも地球に氷河期がなかったら、南米大陸とフェゴ島を隔てる海峡は存在しなかったでしょう。
南米大陸東岸を南下してきたマガリャネス(マゼラン)が、海路を発見して、
その海峡に彼の名が冠されることもなかったでしょう。 ビーグル水道、また然り。
彼はドレーク海峡を通過せざるを得なく、暴風圏の海に命を落としたかもしれず、歴史は変わっていたかも。
マガリャネス(マゼラン)海峡は、700km も細く長く続きます。
何もない海峡を、帆船で進み続けたとすれば、驚くべき忍耐力です。
南部パタゴニア (南緯50度以南) は、アルゼンチンのパンパから続く土地は広漠たる原野です。
地平線まで目障りになるものはありません。
ラクダ科の野生グアナコが牧場のフェンスを飛び越え、駝鳥の一種ニャンドウが走り回り、
コンドルを見つけるたびにバスは止まり、双眼鏡で悠然たる飛翔を眺めました。
地図に記された街は、人口数百人です。 対向車もなく、な〜んんにもないところでバスだけが走ってる。
パタゴニアの風景はアルゼンチンとチリの国境をなすアンデスの山岳地帯で一変します。
谷から山頂まで氷河に削り取られた氷河地形が続きます。
氷河の堆積物はモレーンとなって氷河湖を形成しますが、パタゴニアの湖は氷河の名残で細長いのが特徴です。
総じて、湖水はエメラルドブルー。 神秘的、という表現でしか言い表せません。
圧倒的な広さにわずかな観光投資ですから、自然はそのままに残されています。
フェリーでマガリャネス(マゼラン)海峡を横断するときも風は吹きましたが、
カラファテの飛行場ほどのインパクトはありませんでした。
行く先々で (ブエノスアイレスを含めて) ガイドが、「昨日は荒天でした。今日のお天気はめったにありません」
と驚くほどの好天に恵まれ続けました。
ブエノスアイレス快晴。 ペリト・モレノ氷河快晴。 パイネ国立公園快晴。 ビーグル水道もフェゴ島も晴れ。
やはり、日ごろから、まじめにひたむきに、清く正しく生活しているべきでしょう。
風の大地 パタゴニア賛歌
inserted by FC2 system